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家族の夢へと広がった農場レストラン。
「農業エンタメ」をコミュニティへと発展

 

 

フランスで修行し、日本のレストランやケータリングで料理の腕を振るってきたシェフ、白井寛人(ひろと)さん(48歳)。目の前のお客さまに「本当においしいものを食べてほしい」という思いから、料理の提供スタイルを工夫してきました。その理想形は「自分で作った食材で料理を提供するレストラン」。全国をめぐって候補地を探し、2年前、神奈川県秦野市にたどり着きます。その夢に家族も加わり、「ROKKAN(ロッカン)」と名付けた活動を展開。「農業体験をしたい」「食材を使いたい」という仲間が広がっています。

 

 

50人が参加した「白井米」のお餅つき

 
「よいしょ!」「よいしょ!」
掛け声に合わせて、参加者が力をこめて杵を振り上げます。ぺたん、臼の中に杵が落ち、餅の上にのりました。
「うまいね〜! その調子!」
木々に囲まれた広場に、明るい声が響きます。今日は、白井さんの田んぼで収穫したもち米で、餅つきとランチを楽しむ日。子ども連れのファミリー、日本の風景を撮影するトルコ人の撮影クルー、近くの大学の留学生など、約50人が集まりました。
 
「秦野木蓮(モクレン)スペース」と名付けられた場所は、レストランの予定地。小高い丘の上にあり、眼下には畑と街、向かいには霊山として知られる大山を臨みます。神奈川県の屋根といわれる丹沢山塊が連なる秦野市は、県下で唯一の盆地。米作りのほか、野菜、カーネションやバラなど花の栽培も盛んです。
 
「この場所では昔、木蓮が栽培されていたと聞きました。林の奥には今も木蓮の木が並び、春にはたくさんの花を咲かせました」
 
数十年間にわたり放置されていた土地を開墾し、広場を作った白井さん。
地元の人から土地にまつわる話を聞けば聞くほど、「ここだ!という思いを強くした」と言います。
 

 
 

自分で作った食材で料理を提供する森の中のレストラン

 
24年前、白井さんが茨城県水戸市にレストランをオープンしたときのこと。
「多くのお客さまに来ていただいたのですが、おいしい食材はたくさんあるのにそれぞれの好みに対応しきれず、悔しさを感じました。そこで1日1組の予約制にして、その日のお客さまのために食材を仕入れ、お料理を召し上がっていただくスタイルに変更しました」
 
同時にお客さまのご自宅に伺って料理するケータリングにも着手。目的や希望に合わせて自由にアレンジできるので、お客さまからも好評だったそう。その後、神奈川県横須賀市に移り、都心を中心に店舗開店のお祝いや演奏会の会食、誕生日やパーティイベントなど、ケータリングの幅を広げていきました。
 
やがて、白井さんにある思いが湧き上がります。
「料理を作れるのは農家さんが作った農作物があるから。自分に貢献できることはなんだろう?」
 
そこで、これまでの飲食業に加え、食に携わるものを生産、加工するプロセスを興味のある人たちといっしょに体験することを考えました。
 
「どんな種を使い、いつ農薬を撒いたかなど、これからは栽培過程の情報が問われる時代になるでしょう。自分で作った食材で食事を提供できるのは大きな強みです。農場レストランを軸に、農産物を栽培・加工する一連の流れを楽しみながら体験してほしい。いわば『農業エンタメ』。将来的には、さまざまな分野の人と出会い、それぞれが得意なことを提供し合うコミュニティに発展させたい」
 
仕事のかたわら農場レストランの候補地を探し、日本各地を回りました。しかし、理想に近い場所は見つかりません。2年が過ぎても諦めず、車を走らせていたとき……。


ついに、里山を保全しながら生き物と共存し、農作物を栽培する場所に出会いました。そこは「生き物の里」として、秦野市の自然保護地域に指定されているエリアでした。
 

 
 

山があり、水がある。自然を守る意識が根付く

 

「山があり、豊かな水が流れ、地域で里山の保全活動の取り組みがされていました。僕自身も農業を通して、その活動に関わることができます。そして、車で5分ほどの高台にレストラン候補地を見つけました」
 
農場レストランに向けて動き出す決意を家族に告げると、思いがけない反応が起こりました。
人材育成の専門家でマインドフルネスの講師である兄、白井剛司(たけし)さんが退職の時期と重なり、秦野に移り住んだのです。さらにヨガインストラクターの姉、渡邉雅代さんと一平さん夫婦が興味を示し、横浜から移転。
 
「農業と食、心と体をリフレッシュするリトリート施設を作ろう」
農場レストランは、きょうだいの夢へとふくらんでいきました。
 
「退職後、人材育成やマインドフルネスの講師の仕事をしながら1/3くらいの割合で農作をしようと思っていたら、すっかりのめり込みました」と振り返る剛司さん。1シーズンの農業経験を生かし、「2024年はマインドフルネスや人材育成の仕事とのバランスを探りながら、農場で関係構築やキャリアを考えるプログラムなども考えています」と言います。
 
「漠然と田舎で暮らしたいと思っていたのですが、こんな形で叶ってびっくりしています。夜更かしだった夫は早く寝るようになって睡眠の質がガラリと変わり、以前よりずっと健康になりました」と雅代さん。
 
そして、横須賀で暮らしていたご両親も秦野に移住。きょうだいを見守るだけなく、イベントの準備など、活動に欠かせない存在になっています。
 

 
 

生産者から、作りたい人へと届ける

 
2022年から本格的に米作りに挑み、その年は3反弱、2023年は5反弱へと田んぼを広げた白井さん。春の田植え、猛暑の草取り、秋の稲刈りと、定期的に農作業に通う仲間も着実に増えています。最近では、小学校の学習や企業のイベントで農業体験を希望するケースもあるといいます。
 
今後は、栽培する農作物の種類を増やしたいと考えている白井さん。
「収穫したお米でお酒を作る取り組みも始まりました。また、さまざまな作物を栽培して、原料からクラフトビールを作ることもできます。食材を使いたいという人と農業をつなげる活動を広げることで、耕作放棄地の有効利用にもつながると思います」
 
まずは活動を知ってもらうことが大事だと考え、活動の様子をInstagramで発信しています。
 


                              写真提供:ROKKAN
 
 

農業瞑想で「ROKKAN(六感)」を感じて

 
「田んぼで作業をしていると、風を感じたり、土中の生き物や微生物を感じたり、いつもなにかしらの気づきがあります。あるいは農作業に集中して、いつのまにか時間が経っていることも。この感覚は瞑想に近いと思い、僕は『農業瞑想』と呼んでいます。『ROKKAN』には、味覚、嗅覚、視覚、聴覚、触覚、これら五感の先にあるもの、『六感』の意味を込めました」
 
つきたてのお餅を食べたあと、子どもたちが駆け回って遊び、大人は話に花を咲かせ、思い思いに自然を楽しんでいます。五感で感じる心地よい体験は、きっと体と記憶に刻まれることでしょう。参加した人が友人や家族を連れてきて、回を重ねるほど参加者が増える理由がわかります。
 
木蓮の花言葉は「自然への愛」、そして「持続性」。安全でおいしいものを作るという白井さんの探求は、自然と人への愛を重ねて、豊かに実っていくことでしょう。多くの人が口コミでここに集まり、笑顔で帰っていく姿が未来を予感させます。
 

写真右から白井寛人さん、母の白井瑞子(みつこ)さん、父の白井泰司(やすし)さん、姉の渡邉雅代さん、兄の白井剛司さん、義兄の渡邉一平さん。
 
取材・文/高井紀子
撮影/高井太志


 
 

 

 
 
 
 

【プロフィール】
白井寛人(しらい ひろと)

ROKKAN主宰 株式会社トアポイント代表取締役社長
1994年、フランスに渡り、現地の料理校を卒業後、フランス M.O.F(国家最優秀職人章)の元で修行する。帰国後、和食割烹、カクテルバーのノウハウを習得。1999年、カナダ・ケベック州へ渡り、自宅にゲストを招き、地元の食材で料理を提供するレストランスタイルを確立。2000年、 Restaurant & Bar troispointを茨城県水戸市にオープン。2005年、ケータリングを開始。その後、Foodsalon CHARDIEYを神奈川県横須賀市にオープン。2021年、神奈川県秦野市で農場レストランの開業に向けて農地開拓を開始。里山の資源やいきものと共存しながら米や野菜の栽培に取り組む。
 
◇ trois point:  http://www.troispoint.jp/index.html
Instagram:  https://www.instagram.com/rokkan_welllife/
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