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紙に残るから表現できることがある。
60年続く投稿誌『Wife』で伝えていきたい思い。

 

 

岡山県倉敷市で暮らす小野喜美子さん(63歳)は大手化学系メーカーを定年退職して、1年後にブックライターとして第二の人生をスタートしました。そして、2年後の2023年、60年間続く投稿誌『Wife』の編集長に就任。かつて自身が「書くこと」で多くのことに気づき、その存在に助けられた経験から、「この場をなくしてはいけない!」と決意し、行動したのです。

 

 

投稿誌『Wife』で感じた心の自由

 
物語や空想が好きで「夢は小説家」という少女だった小野さん。書く仕事に憧れがあったけれど、「地方にいては無理」と大学は理学部へ進み、卒業後は岡山県の大手化学メーカーの研究所に就職しました。ほどなく社内結婚し、3人の子どもを育てました。当時は結婚・出産で退職する人が多く、子どもを預けて働く人は社内にはほとんどいませんでした。
 
「終身雇用が一般的な時代、いったん会社を辞めると女性の中途採用などありませんから、意地でも辞めるわけにはいきませんでした。でも、幼い子どもを保育園に入れて働くことへの罪悪感を常に抱えていました」と振り返ります。
 
ある日、書店で『働く女性の子育て論』という本を目にした小野さん。「お母さんが幸せでなければ、子どもは幸せになれない」という言葉に衝撃を受けます。著者の田中喜美子さんは女性のための投稿誌『わいふ』(現『Wife』)の編集長と知り、早速入会。やがて自分も投稿するようになりました。
 
1963年創刊の『Wife』は、フェミニズム運動から始まった会員制の投稿誌として、多いときには4000人の会員を擁していたそう。女性たちが自分の考えを自由に発表できる媒体として支持を集めていました。
 
「本当にいろいろな投稿があって、人生が違えば考え方もみな違うのだなと感じました。そうした作品を読むと、“自分も自由に考えていいんだ”と思えたのです。いつのまにか私の罪悪感が振り払われていました」
 
Wife』が創刊50周年を迎えた2013年、会員有志でイベントを開催し、記念誌を制作。さらに2018年には『Wife』のウェブサイト版を目指した「Women’s Life 21」を仲間と協力して立ち上げます。
 

 
 

「書く仕事」がむこうからやってきた!

 
38年間にわたる会社員生活を終え、20203月に定年退職した小野さんは、長期の海外旅行を楽しみにしていました。ところが、世界的な新型コロナウイルスのパンデミックが起き、家に引き籠らざるをえません。ある日、SNSに近況を投稿すると、『Wife』でつながりのある出版関係者からメッセージが入りました。
「ブックライターの仕事をしてみませんか?」
「やります!」と即答した小野さん。憧れていた「書く仕事」が向こうからやってきたのです。
 
「ブックライターの仕事は、出版希望の著者にインタビューして1冊分の原稿を書き上げること。著者は30代の起業家で、美容、そして飲食と次々新たな分野に参入して、成功を収めた方でした。どのような経験をして今の気持ちや考え方になったのかを、丹念に聞き取ります。また、未知の分野の本を読み周辺情報も調べるので、自分の世界がものすごく広がるのを感じました」
 
小野さんが「書く仕事」という夢を実現できたのは「会社員生活の中で多様なスキルを蓄積し、『Wife』で書く力を鍛えていたから」と振り返ります。
 
「会社員時代は実験と結果の分析を繰り返していました。対象をじっくり観察して真実を突き止めようとしたり、調査結果を集めて掘り下げたりする作業は、ライターの仕事と共通する部分があります。最新技術を学ぶ講習会に参加して報告書にまとめていたのも、今思うと取材のようなもの。当時は関係ないと思っていたけど、実はそれらがみな書くスキルにつながっていたんだと思います」
 


編集メンバーとオンラインで打ち合わせや作業を行っている。
 
 

書くことで女性たちを自由にしたい

 

小野さんにとって「地方にいるからライターになれない」「子どもを預けて働くなんて」という思い込みは、自分を縛るものでした。それが田中喜美子さんや『Wife』との出会いによって精神的な自由を得て、新たに挑戦する自由にもつながりました。書くことで自分と向き合い、無意識に自己抑制していたことに気づき、それを打破したのです。
 
「今も多くの女性たちが無自覚な思い込みをしていると思います。女性だから、歳だから、能力がないから『できない』と思い込まされているのです。でも、できるかできないかは、行動してみなければ分かりませんよね」
 
2023年、小野さんは新たなことにチャレンジしました。創刊60周年を迎えた『Wife』を継承し、書きたい人に自由に書く場を提供し続けるため、5代目編集長に就任したのです。
 
「投稿される原稿には、女性たちそれぞれの生き方が詰まっています。私がそうであったように視野を広げ、人生の可能性を切り拓く機会を提供できると信じています。自由に自己表現できる貴重な『Wife』をなくしてはならない。これからもっと『Wife』を知ってもらいたいですし、必要とする人に届けていきたいです」
 
ネットやSNSが全盛の現在、紙媒体にこだわるのは?
「紙媒体という閉じられた場所であるから中傷のリスクが少なく、のびのびと自分を表現することができます。自分の作品が活字になって印刷物となることの意義は大きく、手元にも残るのも魅力です」と力強く語ります。
 
また、『Wife』には年配の会員が多いことをチャンスだと捉えています。
「人生60年、残りは余生というイメージがあるかもしれませんが、今はITやアプリ、医療技術も進歩して、人生100年時代ともいわれます。年齢に関係なく、いろいろな生き方がある。それを世の中に提示できたらと思っています」
 

 
 
 

心の内を言葉で表現すると、人生が浮かび上がる

 
編集長に就任して、4号の新『Wife』を発行し、「書くことの意義をさらに教えられた1年だった」と振り返る小野さん。
 
「集まった投稿文の後ろ側にあるそれぞれの人生の多様さ、奥深さに圧倒されています。言葉での表現って、すごく抽象度が高いですよね。何でも『かわいい』と言うように、メジャーな言葉ひとつで事足りると思われているけれど、自分の心の内を正確に言葉で表すのって、実はすごく高度な作業なんです」
 
「心の中のモヤモヤをなんとか言葉にしようと、ああでもないこうでもないと言葉を選んでいる。そんな投稿からは、他の誰でもない、その人の人生が浮かび上がってくるんです。世代や育った環境で価値観が違うと言うけれど、そりゃ歩んできた道が違うのだから違って当たり前だな、と思えるようになりました。少しは寛容な人間になれたかな」と笑みがこぼれます。
 
「例えば、多様性を認めようという話題ならば、スローガンを掲げるだけではなく、お互いのバックグラウンドを理解することが大事だと思います。そのために言葉を使って心の内を、人生を描き出すことは、すごく大切ですよね」
 
2023年12月から、朝日新聞岡山版で月1回『Wife』に関する連載が始まりました。

「以前、取材を受けたとき、記者さんに『Wife』を渡したら、面白いと言ってもらえて。人生を映し取るように書き綴った言葉の価値が認められて、とてもうれしく思っています」
 
最近、仲間と作ってきたホームページに『Wife』の歴史を公開し、「ようやくホームページが完成した」と小野さん。60年間、関わってきた人たちに思いを馳せ、「これからもじっくり、ゆっくり書くことの大切さを、より多くの人に知ってもらいたい」とSNSでの発信にも力を入れています。
 

 
 
 
 
取材・文/高井紀子 協力/福井貴久子
写真/本人提供


 
 

 

 
 
 
 

【プロフィール】
小野 喜美子(おの きみこ)

岡山県倉敷市在住。『Wife』編集長、ライター /ブックライター。
38年間化学系企業で医薬品・医療機器研究開発に従事。その傍ら、女性のための会員制投稿誌『わいふ /Wife』で約 20年間執筆。 2013年には創刊 50周年記念誌編集を担当。 2020年、定年退職後にブックライターとしてデビュー。ライターとしての執筆分野は理化学全般から古武術、音楽、社会学、漫画と多岐にわたる。 2023年、投稿誌『Wife』 5代目編集長に就任。
 
◇投稿誌『Wife』 HP:  https://womenslife21.net/
◇X(旧 Twitter):  https://twitter.com/Wife43491357?s=20
◇Facebook: https://www.facebook.com/shinnwife2023
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